日本酒ルネッサンス - 小泉武夫

日本酒ルネッサンス 小泉武夫

Add: iqizipil49 - Date: 2020-11-22 00:15:32 - Views: 2356 - Clicks: 8998

「丸ごと小泉武夫 食 マガジン」は「食」に特化した情報サイトです。 小泉武夫先生がこだわる「食」に関する安心・安全・健康寿命・未病・美容・旬・日本の食文化などの情報を発信していきます。. 健康面で注目を集めている発酵食品が、この先どのように発展していくのか。小泉さんは近年の活動からその道筋を見出していた。 「日本の発酵文化は、これから地域を救う存在になるんじゃないでしょうか。近年、NPO法人〈発酵文化推進機構〉で、発酵食品にまつわるイベントを開催しているのですが、どのエリアでも大変な盛り上がりを見せています。 現在参加している自治体は、長野県、熊本県、山梨県などの県や、滋賀県の高島市、秋田県の横手市、石川県白山市など全国各地で発酵産業が発達している60以上の自治体ですが、どんどん増えています。発酵食品の発展はもちろん、地域の観光プロモーションや周辺産業の活性化等、発酵食品が多方面へもたらす効果への期待の大きさを実感しますね」 全国を飛び回り、多くの事業に取り組んでいる小泉さん。そんな多忙を極める中、自分の後継者となる発酵学者の育成にも今後は力を入れていきたいと考えている。 「今、複数の大学で講義をしていますが、なかなか私のように研究者として発酵文化を伝えていく仕事を選ぶ若者が現れないのです。でも最近になってようやく私の後継者となるような教え子が一人出てきました。彼は私と同じように、フィールドワークを中心に研究を重ねてきた学者で、今は大学の教授として発酵学を教えています。 嬉しいのは、私が彼を育てたときと同じように彼は学生たちへ、現場主義の発酵学を教えていること。教え子を酒屋や種麹屋へ連れて行って、発酵のおもしろさを教えているんです。やっぱりパソコンの前で、調査しているだけじゃダメなんですよね。現場に立って現象を観察すると、わかることがたくさんありますから。彼のような次の世代に発酵文化を伝えていく人が増えるように、これからも後継者の育成に注力していきたいです」. 小泉さんは長年、発酵学のすばらしさを広めるための研究活動を展開してきた。そんな小泉さんが発酵学の道へ進むことになったきっかけは、大学時代にあった。 「私が発酵学の道に進んだのは、発酵学のひとつである醸造学を大学で専攻したことがきっかけです。私の実家が酒造家でして、父の薦めで醸造学を学ぶことのできる学校へ入学したんです。今ふりかえると醸造学の道を選んで大正解でした。1年生から授業でお酒をつくるなど、実験がおもしろくて仕方がなかったんです。『なぜこんな小さな微生物が発酵食品やお酒をつくるのだろう?』と次第に興味が膨らみ、気づけば発酵学にどっぷりと浸っていました。それで酒造家を継がずに、研究を続けるために学者の道へ進むことに決めたのです」 大学時代に研究者の道へ進むことを決意した小泉さん。しかしそれよりも昔、幼い頃から発酵食品の魅力を身近に感じていたと、懐かしいエピソードを語った。 「実家の近くに酒屋があって、そこにはいつも『カルピス』の瓶が並んでいました。実家で日本酒をつくるために汲みあげた地下水をやかんに入れて、キンキンに冷やしてね。それを『カルピス』と割って、ゴクゴク飲むんです。あのおいしさは“初恋の味”以上に思い出深い。記憶を呼び起こす味で、今でも忘れられません」 思い出の味「カルピス」に含まれる乳酸菌は、発酵学に欠かせない特別な微生物だ。 「乳酸菌は微生物の中でもまるで光り輝く存在です。乳酸菌は腸のはたらきを活発にして免疫力を高めてくれることから健康面で非常に注目を集めていますが、それに加えて乳酸菌は地球上で一番多い微生物なんですよ。発酵食品でいうとヨーロッパではチーズ、アフリカではバナナのお酒などに使われていますが、世界的に大変メジャーな菌なんです」. 日本酒の多様性「酒屋万流」を生み出した並行複発酵 ─ 熟成古酒の失われた100年<1> 「熟成古酒」ってどんな酒?.

近年、あちこちでよく引用されるのが、坂口謹一郎先生の名著『日本の酒』に載っている次のような言葉です。 「古い文明は必ずうるわしい酒を持つ。すぐれた文化のみが、人間の感覚を洗練し、美化し、豊富にすることができるからである。それゆえ、すぐれた酒を持つ国民は進んだ文化の持ち主であるといっていい」 この文は、私もこれまで何べんも読んだり、引用したりしていたのですが、最近、ここでいわれている「文化」と「文明」はどうちがうのか、どういう関係にあるのか、ということが気になり出しました。民博の吉田集而さんは、その論のなかで「文化の酒」が「文明の酒」へと次第に変わっていくことに言及されています。今回、私も「文化の酒」と「文明としての酒」の対比に重点をおき、その観点から「酒の本質」について少し考えてみたいと思います。 地球が46億年前に生まれ、猿人が500万年前に出現し、日本列島に縄文人が現れたのが1万年前だといわれています。そういう人類の歴史の中で、いつごろから酒ができたのか。1万年前だとか5000年前だとか、いろいろいわれていますが、民博の初代館長で、今は民博協会・会長の梅棹忠夫先生は「近代になって、人類はようやく、文明としての酒と上手に付き合い始めた」といわれています。 文化というものは、一つの文化だけでは大きな発展はなく、多様な文化の中にあることが必要だともいわれます。たとえば少なくとも半世紀前までは、日本にはビールはあったけれども、ワインはほとんどなかったし、ウィスキーも微々たるものだった。それがいま我々日本酒業界は、世界でもめずらしいぐらい多様な酒文化の中にいて、日夜、ビール、ワイン、ウィスキーなどときびしい競争をしている。しかし、こういう多様な文化のぶつかりあいの中から、かえって創造的な新しい「酒文化」が必ず生まれてくるであろうと私は思っています。 では次に、「文明としての酒」というのは、一体どの時代を起点と考えるべきでしょうか。人類には、酒が飲めなかった長い時代があった。今でさえ一滴の酒さえ飲めない地域が現存する。その地域を「純情地帯」だという人もいる。たとえば、オセアニアには、もともと酒はなかった。それが、現代の交通・情報の発達によって、酒がダーッと怒濤のように入っていった。このため、いろいろな社会的問題も起こっている。世界的にみても、イヌイットの地域な. 日本酒ルネッサンスの本の通販、小泉武夫の本の情報。未来屋書店が運営する本の通販サイトmibonで日本酒ルネッサンスを購入すれば、ポイントが貯まります。本の通販 mibonでは教養新書の本 新刊・既刊や雑誌など約250万冊の本が購入できます。. 奈良時代から親しまれてきた日本の発酵食品、漬物。しかし、その漬物より長い歴史を持つさまざまな発酵食品があることが発酵学の歴史の中で明らかになっている。 「日本でみつかった最も古い発酵食品は、約4000年前の縄文時代の魚醤。そのほかにも、どんぐりのクッキーやお酒も、各地にある同時代の遺跡から発見されています。さらに奈良時代の木棺には漬物が入っていて、神社からはお酒のつくりかたが文献として発見されました。平安時代の末期には、日本には既に種麹屋もできていることが判明していますし、日本の発酵文化は、古くから歴史と共に進化してきた背景があります」 日本の発酵文化が発展した理由について、小泉さんは日本独自のあるカビの存在を挙げた。 「日本には漬物だけでも3000種類以上あるのですが、こんなに豊かな発酵文化を生み出した理由を一つあげるとしたらコウジカビのおかげでしょう。お隣の国・中国では、一般的にクモノスカビを使った発酵食品が多いのですが、日本ではコウジカビを使います。これを使って醸造発酵物をつくっているのは、世界でも日本だけです。このカビは日本の国菌にも指定されていて、多種多様な日本の発酵食品の発展を支えてきました。このおかげで、日本は発酵先進大国になったのです」. 小泉 武夫『日本酒ルネッサンス―民族の酒の浪漫を求めて』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約4件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。. Amazonで武夫, 小泉, 柴田書店編集部の日本酒百味百題。アマゾンならポイント還元本が多数。武夫, 小泉, 柴田書店編集部作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. More images for 日本酒ルネッサンス - 小泉武夫 ». 小泉さんは世界を旅しながら、さまざまな発酵食品に出合ってきた。そして、海外にも発酵食品は存在するが、日本ほど多様ではないことを知る。 「約40年前、世界の発酵食品を調査したことがあります。そのときわかったことが発酵文化の色濃く根づいている地域は、東南アジアと東アジアのみだということ。ヨーロッパはチーズやヨーグルト、ワイン、ビネガーなどありますが、中南米やアフリカ、オーストラリアには発酵食品がほとんどありません。東南アジアと東アジアの発酵文化が、なぜ豊かになったのかというと、気候の影響が大きく関わっています。湿度が高いと発酵が進みやすく、カビもつきやすいんですね。ですから、湿度が低いヨーロッパではカビを使った発酵食品がほとんどありません。有名なものだとブルーチーズやカマンベールチーズくらいでしょうか」 湿度により発酵文化が豊かに発展した東南アジアと東アジア。その差によって、さまざま発酵食品が生まれていった。 「東南アジアは、メコン川流域を中心にラオス、タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジアあたりを旅して研究してきました。メコン川流域は魚の塩漬けなどの発酵食品が多く発展しています。対して東アジアは、日本や中国、台湾、韓国のあたりを研究しましたが、これがものすごい発酵大国なんです。魚類はもちろん、穀物と豆の発酵が非常に多い。お酒に豆腐、味噌、醤油。それから野菜ですね、ザーサイやキムチ。キムチは約800年前につくられた発酵食品で、これでも歴史的に見ると新しい漬物の部類なんですよ。日本の漬物は奈良時代からありますから」. 昭和58年、加藤百一先生、鎌谷先生、野白先生、秋山先生なんかが中心になって『日本酒造史研究会(現・日本酒造史学会)』というのができました。関西では関学の柚木先生、菊正宗の森さん、白鹿の高岡さん、それに私の4人が、推進役となり、学会の発展につとめています。この学会では「御酒之日記」、「童蒙酒造記」、「伊丹万願寺屋伝」といった古文書類を復刻し、解説したりする学会誌『酒史研究』を、これまでに14冊も刊行しています。技術の歴史に興味のある方は、是非入会して頂いて、このすばらしい「日本の酒づくり文化」の理解と保存にお力添え下さい。 昭和61年、今度は醸造試験所の所長さんが世話役となって「飲酒文化を考える会」というのが発足しました。「こういう時には栗さんを呼ぼうよ」とういことで、私も、最初からこの会に参加させてもらい、随分と勉強させて頂きました。.

日本酒、焼酎、ワイン、ビール、ウイスキーなどそれぞれの酒のさかなに何を作るか、いつも迷うのである。 いっそのこと、どんな酒とでも相性のよい一品はないものかと考えたところ、思い当たったのが「牛肉豆腐」であった。. 小泉武夫『日本酒ルネッサンス 民族の酒の浪漫を求めて』(中央公論社)/小泉武夫 監修『日本酒百味百題』(柴田書店)/坂口謹一郎『日本の酒』(岩波書店)/上杉孝久『日本史がおもしろくなる日本酒の話』(サンマーク出版)/和田美代子 著. 小泉 武夫 | 年04月17日頃発売 | 美味珍味に唾液腺崩壊! 無限の食欲に抱腹絶倒!! 笑って泣ける“飯テロ”小説。昭和三〇年代の福島。日本酒の蔵元に生まれた少年の夢は、食べ物でみんなを幸せにすること。かくて少年は、農大卒業後、東京で発明家を目指す。いまや常識となった「出汁. 11 形態: iii,237p ; 18cm 著者名: 小泉, 武夫(1943. 世界の酒文化と日本の酒文化を具体的に見てみることにします。 チベット、ブータン、ネパールなどには、ヒエでつくった粒酒が現存します。現地では、いまも箸で食べているようです。 この粒酒はなかなか食べにくいので、孟宗竹を輪切りにした筒に粒酒を入れ、上から湯を注ぎ、浸出した酒を細い竹をストローにして飲む方法が、いまもみられます。これは、我々のお茶の飲み方と原理は同じで、照葉樹林文化の一つだといわれています。 また、ウガンダでも、北ベトナムでも、植物の茎でストローをつくって、一つの壺に入った酒を、みんなで一緒に飲むのが、昔からの習慣として一つの文化になっています。 日本では、神に捧げた酒を一つの大杯に入れ、みんなで回し飲むという直会(なおらい)が日本古来の文化として定着していきました。 神人共食のナムリアイ(嘗会)の神事が、日本の宴会のルーツです。これによって、サカナ(酒菜)というものが生まれ、一献、二献と酒の杯が変わる度に、するめ、あわび、汁物、などと供される酒菜も変わり、その組合せを「献立」というようになりました。これが後、宮廷料理へと発展、さらに後世、寺院の精進料理、武士社会の本膳料理、茶人達の懐石料理などが生まれていったのです。 神社の直会の膳には、神酒(みき)とそのさかなの神饌(みけ)が並びます。直会の膳のような古代の神に捧げる供物には、サジと箸がついていましたが、そのうち、直会の席では、箸があるだけで、サジがなくなっていくのです。 また神酒を呑むカワラケはいっぺん使ったら、二度と使わないのがしきたりです。たとえば、伏見の稲荷大社の大山祭では、神事が終わると、飲み干したカワラケを谷に向かって投げすてるカワラケ投げが行われる。平成天皇即位の大嘗祭の時も、古式ゆかしい祭殿が宮城の一郭に新たに建てられたましが、式典が終わると、惜しげもなく、取り壊されてしまった。ここに日本人のけがれの概念や、常に新しいものを尊ぶという心がうかがえるます。この考え方が酒の質や、酒文化の方向をもきめてきたと思われます。 東大寺の結解(けっけ)料理では、たくさんある東大寺の荘園の決算が済んで、ヤレヤレとお坊さんたちも「棒のもの」と称する般若湯(酒)を飲むのがしきたりとなっています。 武家の本膳料理の一例として、信長が家康を供応した時の料理には、近江の名物フナズシ、瀬戸内海の名物タコなども並. 日本酒ルネッサンス : 民族の酒の浪漫を求めて フォーマット: 図書 責任表示: 小泉武夫 著 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 中央公論社 形態: 237p ; 18cm 著者名: 小泉武夫 著 シリーズ名: 中公新書 ; 1104 書誌ID: NBISBN:X (1104). See full list on hakko-blend. 小泉 みそを仕込むこうじ菌は、日本酒と同じでニホンコウジカビ(アスペルギルス・オリゼ)といって、日本にしか生息しない菌なんです。日本醸造学会によって、“国の菌”にも指定されています。ほかの国で同じような材料を使ってもみそはできない。.

Pontaポイント使えます! | 日本酒ルネッサンス 民族の酒の浪漫を求めて | 小泉武夫 | 発売国:日本 | 書籍 || HMV&BOOKS online 支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です!. 著者「小泉武夫」のレビュー数ランキングです。小泉武夫のおすすめランキング、人気・レビュー数ランキング、新刊情報、Kindleストア等の電子書籍の対応状況をチェック! プロフィール:1943年、福島県生まれ。東京農業大学農学部醸造学科卒業。東. 発酵学の第一人者であり、数多くの食にまつわる作品を残す文筆家でもある小泉武夫先生。近年の発酵食ブームが起こるずっと以前から、発酵学の研究に取り組み、発酵の力を人々に広めてきました。そんな小泉先生の発酵との出会いと今に至る足跡、そして目からウロコが落ちるほど興味深い.

小泉武夫著 -- 中央公論社, 1992, iii,237p. 『日本酒ルネッサンス』 (中央公論社・中公新書) 『銘酒誕生-白酒と焼酎』 (講談社現代新書) 『つい披露したくなる酒と肴の話』 (小学館文庫) 『発酵食品礼賛』 (文芸春秋・文春新書) 『食の堕落と日本人』 (東洋経済新報社) 『小泉武夫の世にも不思議な食. 日本酒ルネッサンス : 民族の酒の浪漫を求めて フォーマット: 図書 責任表示: 小泉武夫著 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 中央公論社, 1992. 日本酒ルネッサンス : 民族の酒の浪漫を求めて / 小泉武夫著 フォーマット: 図書 タイトルのヨミ: ニホンシュ ルネッサンス : ミンゾク ノ サケ ノ ロマン オ モトメテ 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 中央公論社, 1992. ここで、文化と文明をさらに具体的にイメージして頂くため、京都と東京という二つの都市の本質を対比して考えてみようと思います。 昔から京都というところは、多くの矛盾をはらんだ、きわめて非合理な都市といえます。しかし、その非合理性がむしろ人々に安心感を与えている場合も多いようです。もともと京都には、王城だという誇りがあり、いろんなハレの行事やお祭りも他の都市よりずいぶんと多い。その底辺には1200年つづいた「上方(かみがた)文化」があります。しかも、町衆の生活文化や、美意識のレベルは高く、その洒脱な遊び心に裏打ちされた、きわめて洗練された文化が息づいています。 ただ、そうしたものだけでは町は生きていけない。やはり経済の活性化がないとダメです。その経済効果をあげる方策の一つとしてつくられたのが、今回の新京都駅ビルの建設だといえます。「これでは京都の伝統と景観が壊れる」という激しい反対論がある一方で、若い人々には結構人気があり、予想以上の集客効果をあげています。こうした伝統的文化と未来をめざす文明とのせめぎ合いの中で、京都という都市は、いまや「平安京」から「平成京」の創設をめざし、京の再生へと動き始めているのです。 一方の東京はどうか。人口百万といわれた江戸は、270年にわたって確固たる伝統を築いた街ですが、そこには全国300に及ぶ大小各藩の大名につかえる単身赴任のサムライが多く、結果として、男性が65%以上というきわめて特殊な街になっていました。その上、「上方の酒」だけではなく上方の文化のすべてを受け入れ、江戸では京や大坂の「下り(くだり)文化」が栄えた。それが、明治維新になって「舶来文化」にすり替わる。たとえば、明治初年、延べ500人を越す御雇外国人が、東大の教師として赴任してくる。司馬さんに言わせると「明治政府が意図した通り、それ以後、東京は近代日本の文明の配電盤になった」というのです。 いまや1200万人というきわめて大きな人口をもち、毎日がハレの日のようになっているのが現在の東京です。最近、大阪の吉本興業がなぐり込みをかけ、話題になっているのも、東京がいまも地方に対する文明の配電盤であり、きわめて合理的な文明都市であることの証明だといえましょう。 ここで「京都」を「日本酒」に、「東京」を「ビール」に置きかえて考えてみるのもおもしろいと思いますが、いかがでしょうか。. 日本酒ルネッサンス ―民族の酒の浪漫を求めて― 小泉 武夫.

「文化」とか「文明」というのは、きわめて曖昧な概念で、一般に明確な定義は難しいといわれています。しかし、これをはっきりさせない限り、「酒の文化」や「文明としての酒」を語りつづけることはできません。 では「文化」というものは、一体何なのか。一つの地域で集団で習得され、そこで継続されてきた固有の生活習慣です。それは人々の考え方や、行動パターン、儀礼、嗜好でもあります。同じ日本でも、鹿児島と北海道、関西と東京というように離れた地域に住む人たちの、互いに違った習慣や、クセのようなものが、一つの個性を形成している。こうした地域の人々が共有するもの、それが「文化」だといえましょう。 日本はいろんな「文化」が、朝鮮半島、中国、南方から波状的に流入してきた。それらを年月をかけ、たくみに取り入れ、もとからあった「日本の文化」は、こういうさまざまに違う「文化」と交流することによって、そのたびに大きな刺激を受け、「日本独自の文化」というものが生まれていったといえます。 国立歴史民俗博物館の佐原 眞館長によると「日本人は昔から「外来の文化」を選択し、見きわめる力があった。もともと、縄文人は高いレベルの知識をもっていた。それだからこそ、弥生人の「鉄の文化」や「水田稲作文化」が流入しても、非常にたくみに、しかも驚くほど早く、吸収し、日本列島全土に伝播させていった」という。 こうして日本という地域に定着した「土俗的文化」といえば、古代からのしきたりや社交、「行い」とよぶ儀礼、「祭り」など集団で行う行事が主なもので、もしも、私共がこうした自分の文化を忘れてしまったら、すばらしい文明も滅びるだろうといわれています。 では、「文明」とは何か。これは一地域に限らない普遍的な原理だといえます。民俗学でいうと、装置、システムであり、酒に関していえば、盛り場、居酒屋、料理屋というものも一つの「文明」です。さらに、人がつくった制度や法的規則なども「文明」だといえます。 よく知られているアメリカの禁酒制度というものは、長続きはせず、つぶれました。日本の鎌倉幕府も何べんも沽酒禁令を出している。ということは、この禁酒令も結局は守られなかったということです。それにもかかわらず、現在、イスラムだけは確実に禁酒が行われている。それを、梅棹先生は「将来、イスラム世界も必ず酒を飲む新しい文明社会に吸収されるだろう。しかも. . . See full list on gekkeikan. 日本酒ルネッサンス - 民族の酒の浪漫を求めて - 小泉武夫 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!.

ご実家が造り酒屋で、お酒をはじめ、味噌も醤油も自家製。文字通り「生まれた時から発酵食品に囲まれていた」小泉武夫先生。今は定番になりつつある塩麹も、小さく頃から食べていたそうです。小泉先生が好きな発酵食品やお気に入りのお店など、小泉先生の「発酵生活」についてお聞きし. 美容・暮らし・健康・料理 / 科学・技術 / 新書. 【最短で翌日お届け。通常24時間以内出荷】。【中古】 日本酒ルネッサンス 民族の酒の浪漫を求めて / 小泉 武夫 / 中央公論社 新書【ネコポス発送】. 小泉武夫の琉球の酒と食を愛でる<20>「儀礼食」にみる琉球料理の奥深さ 年10月2日 22:00 小泉武夫 琉球の食文化 冠婚葬祭 料理 しきたり 社会生活を営む上で、人とのさまざまな付き合いを避けることはできない。. Amazonで小泉 武夫の日本酒ルネッサンス―民族の酒の浪漫を求めて (中公新書)。アマゾンならポイント還元本が多数。小泉 武夫作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 『粋な日本酒』 日本酒ルネッサンス - 小泉武夫 (チクマ文庫) 『日本酒通になる本』 (チクマ文庫) 『世界香食大博覧会』 (徳間書店) 『匂いの文化誌』 (リブロポート) 『食は胃のもの味なもの』 (中央公論社・中公文庫) 『日本酒ルネッサンス』 (中央公論社・中公新書).

人類誕生以来ずっと、ひとは酒とともにかなしみ、よろこび、怒り、笑い、泣いてきた。一杯のビールから、一壜のワインから文化や芸術、政治が動き、歴史は変わっていった。まさに酒はわれわれの最良・最高の友である。いや、もしかすると悪魔の発明品かもしれない。風土や気候によって. 吉沢淑, 尾崎裕子, 武藤敏昭, 進藤斉, 角田潔和, 小泉武夫「メロン酒原料夕張メロン果肉のプロテアーゼの精製と諸性質」『日本醸造協会誌』第93巻第12号、日本醸造協会、1998年12月、 990-995頁、 issn、 naid。. 小泉武夫著『日本酒ルネッサンス』 中公新書、1992年刊 筆者は今やテレビで発酵食品を紹介するなどの発酵学、醸造学の、坂口謹一郎先生を継ぐような権威である。. 今回のテーマは非常に大きいものです。このテーマでお話をする適任者といえば、ご存命なら、坂口謹一郎先生を措いて他にはないでしょう。しかしここではあえて私なりに、甚だ未熟ではありますが、このテーマにいどんでみたいと思います。 そもそも私が「酒の歴史」や「酒の文化」に興味を持ち始めたのは一体、いつ頃だろうかと、ふりかえってみることにします。 まず、私がこの業界に入った戦後間もない頃は、いまから思うと、酒つくり技術もまだまだ未熟だったという感じがします。 火落ち、酒が腐敗するということについては、今はもう研究をする人さえほとんどいないぐらい少なくなっていますが、当時は蔵内の貯蔵酒にも、製品にも、ずいぶんと火落ちがありました。また、発酵中のモロミでも、全国的な大腐造という事件もあり、私もあちこちの酒蔵で、しばしば腐造したモロミを実際に経験しました。 ただ、これらは、昔から酒づくりにつきものの異状現象として、江戸時代以来、業界に数多くの経験があり、明治以後、多くの学者による研究も重ねられていました。おかげで、私なども、幾多の先達の助言を得ながら、研究を進め、その対策を確立していくことができました。 しかし、これらと違い、戦後になってはじめて起こった難問も次々と出てきました。 当時、そこここの蔵で、切り返し時に、米粒の表面にひどい粘りがでてくるヌルリ麹(スベリ麹)という異常現象が、忽然として発生しました。 こんなことは、先輩達もこれまで経験したことがないという。これが大きな問題になり始めました。真夜中「ヌルリ麹がでたから、すぐに来てくれないか」と提携先の杜氏さんから電話がかかってきて、その対策に走り回ったこともありました。その原因を知るため、まず麹のつくり方で、何が戦前と変わったのかを調べる必要が出てきたのでした。 次に起こったのは、店頭の一升壜が、火落ちでもないのに、どんよりうす濁りとなり、もやもやとした沈殿ができたりするという異状現象、いわゆる白ボケ問題でした。これも、戦前は樽詰が多かったせいもあって、消費者にはよくわからず、問題にはならなかった現象です。では、この本体は何なのか、その対策は、ということから、私共は緊急課題として研究を始めました。同時に、醸造試験所の秋山さん、大阪局の川崎さん、桜正宗の杉田さん、菊正宗の森さんなどに呼びかけ「白ボケ研究会」なるものを結成、.

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